-表現の質とは-



「レベル」といった言葉が使われるのをご存知かと思う。

「この作品はレベルが高い」とか「低レベル」など
耳にしたことがあるかもしれないが、
レベルとはどこで決まるものだろうか?


その前に、実はこのレベルは二種類ある。
それは「作り手のレベル」と「受け取り手のレベル」だ。

造り手がどんなに高次元の話を創造しても、
受け取り手のレベルが低ければ
「何だか分からない」という感想を持たれてしまう。

この手の話になった時に、「理解出来る人だけ楽しめれば良い」
というのは高慢な考えだと、私は思っている。

なぜなら、本当にレベルの高い表現は
伝えたい相手に的確に伝えられることが望ましいからだ。
例えばそれが不特定多数に対しての表現なら尚更である。

それを「理解出来る人だけ」というのは怠慢である。
もちろん表現の部類にもよるとは思うのだが、
望ましいのは、作品として面白いが知識が増えれば、より面白くなる。
というのが奥行きのある表現なのだと思う。

これとは別に「身内ネタ」等もあるが、これも良し悪しがある。

さて、レベルの話だが、逆に低次元の話を創造しても
受け取り手のレベルが高いと「物足りない」となる。

では、この「レベル」という言葉を分解していこう。

私は「作り手のレベル」を「説得力」と仮定して考えてみた。
物語の説得力である

表現において、何かを信じさせることは強い力を持っている。

例えば「人生は美しい」という壮大なテーマを持ち、
触れた相手にもそのように思ってもらう時にどうやって納得させるか


低レベルなモノは
私が「人生は美しい」と伝えただけだとしよう。
相手はきっとポカーンとした顔をするか
優しい人なら「そうだね」と笑顔を返してくれたあと、
何故か私を気遣ってくれるだろう

しかし、言葉にするだけで立派な表現ではあるのだ。


では、高レベルなモノは何か
ここで簡単に書けたら、私は素晴しい作家になっていると思うので、
参考資料として「ライフ・イズ・ビューティフル」という映画を例にしよう

この作品を論じる力など私には無いが、それでも伝えたいことは、
作品の端々から「人生は美しい」という言葉が聞こえてくるくらい
この作品の説得力は強い。

様々な側面から「人生は美しい」ということを教えてくれる。
この「様々な側面」というのが大事なのだ。

高いレベルの表現は言語すら超える。
言葉が分からなくても映像だけで大まかなストーリーが分かるのだ。
この作品は第二次世界大戦下のユダヤ人迫害を描いているのだが、
その歴史を知っているかどうかというのは、「受け取り手のレベル」による。

と、なると「説得力」で仮定したのが「作り手のレベル」なら
「受け取り手のレベル」は「理解力、前知識」といえると思う。


このことから、「表現の質」とは、伝えたい相手の理解力も含めて、
物語内で必要な前知識を様々な方法で伝えつつ目的の物事を伝えられるか
というものだと私は考える。

もちろん、それのみならずオープンエンドのように、
「○○について議論をさせたい」という目的のようなものもあるので
表現の取っ掛かりとして、表現とは何かを考えるきっかけとして
頭の隅に残してくれれば嬉しい限りである。