-うちのマンション事情-


♂×2
A 根暗 徹 (ねくら とおる)
B 後臼 優 (ごうす ゆう)



エレベーターの開閉音


A「こんにちわ」
B「こんにちわ、何階ですか」
A「十二階をお願いします」
B「はい」
A「ありがとうございます」
B「最近越されて来たんですか?」
A「ええ、そうなんです。まだ全然整理がつかなくって」
B「失礼ですけど、1207号室の方?」
A「ええ、何でわかったんですか」
B「いえ、12階は知り合いが多いので、空いていた部屋と言ったら限られるんですよ」
A「そうなんですか。よかったらどんな方がいるか教えていただけますか?」
B「良いですよ。もう、ご挨拶には行かれたんですか?」
A「いえ、それがまだなんです。一応用意はしているんですが」
B「ああ、1206号室の方は礼儀に厳しい方だから、早い方が良いですよ」
A「そうなんですか。じゃあ早速このあと持って行こうと思います。」
B「一応両隣と上と下の階にはご挨拶をしといた方が良いですよ」
A「そうか、上と下の階は失念してたなあ。あ、でもご挨拶は大目に用意はしていたので」
B「色々あるんだよね、音の問題って」
A「何か事件にもなってますよね」
B「そこまで厳しい人はいないですけど、1208号室は気をつけた方が良いですね」
A「音にですか?」
B「あそこは、一人暮らしの浪人生が住んでるんですけどね」
A「ああ、その時点で神経質そうな要素が多いですね」
B「夜中に突然騒ぐ割には、人の生活音は許せないみたいで」
A「そこの人に挨拶に行くのは気が重いですね」
B「ああ、これから行くのにごめんね」
A「いえ、先にわかって良かったです」
B「まあ、悪い人では無いよ」
A「良かったら、上と下の階の人も教えてください」
B「上の階の人はね、蕎麦アレルギー」
A「え!?」
B「もしかして」
A「ええ、引っ越しと言えば、ですから」
B「ああー……何か、タオルとか別の物にしたら良いかもね」
A「そうします」
B「で、下の階の人は猫を飼ってる」
A「え、このマンションて」
B「もちろんアウト」
A「なんか、こう言っては何ですが、面倒くさそうな人が多そうですね」
B「そうだね。言ってて改めて思ったわ」
A「あっ。そういえば、お名前をまだうかがってませんでしたね。僕、根倉と言います」
B「後臼です」
A「ゴウスさんですか」
B「ええ、珍しいでしょう、この辺りに多い苗字らしいんです」
A「後臼さんは何号室に住まわれているんですか?」
B「実は、もうこのマンションには住んでないんです」
A「あ、そうなんですか、じゃあ今日は」
B「元の部屋に忘れ物をしちゃって、管理人さんにお願いして取りに来たんです」
A「あれ?この話の流れだと、もしかして」
B「黙っててごめんね。ちょっと部屋に上げてもらって良い?」
A「なんだ、そうだったんですか。良いですよ。色々教えて貰えましたし」
B「悪いね、丁度良かったよ。」

SE エレベーターのドア 開閉

SE 鍵を取り出す

A「あれ?おかしいな」
B「あ、ここの鍵は一回逆に捻らないと上手く開いてくれないんだ」
A「あ、ホントだ。本当に元住人なんですね」

SE ドアの開閉

B「嘘だと思った?」
A「いえ、ただ、自分の住む所の前の住人って、中々会う機会が無いので」
B「そうだよね。お邪魔しまーす。変な感じ」
A「忘れ物ってなんですか?一緒に探しますよ」
B「んー?包丁」
A「え?」
B「……包丁」
A「ほ、包丁ですか」
B「あれってさ、キッチンの包丁差しに収めるからさ、死角になっちゃって」
A「あ、あー。そうですね。意識しないと忘れちゃいますよね」
B「それにしても、部屋が綺麗になってるなー」
A「あ、そうなんですか。やっぱりリフォームとか入ったんですかね」
B「まあ、大分汚しちゃったからね、あ、でもキッチンはそのままだ。良かった」
A「やっても壁紙と床くらいですかね」
B「そうだね。あ、あったあった」
A「え、なんですかそれ」
B「え?包丁だよ」
A「いや、その血の跡ですよ」
B「ああ、年季が入っているからね」
A「年季だけでそんな風になるんですか」
B「だって、この部屋に入るのに5年かかったからね」
A「……どういうことですか」
B「1年目。自分が何者か思い出そうとした」
A「何ですか突然」
B「2年目。自分が最後、どこに居たのかを思い出そうとした」
A「なんだかわからないけど、やめてください」
B「3年目。自分がどうやって死んだのかを思い出そうとした」
A「何を言ってるんですか!」
B「4年目。自分を殺した凶器が何かを思い出そうとした」
A「それって、まさか」
B「5年目。復讐をしようと誓ったことを思い出した」
A「後臼さん!!」
B「根暗さん。ちょっと手伝ってくれない?」
A「何を言って」

SE 壁を叩く音

B「……お隣の浪人生だね」
A「うるさくしすぎました」
B「多分、彼では無いね」
A「それって、犯人がですか」
B「君は、お人よしだね」
A「え?」
B「今の話を信じたの?」
A「え、嘘ですか」
B「いや、突拍子も無い話だし、信じる方がどうかしてると思うよ」
A「だって、包丁とか鍵とか色々信憑性があって」
B「まさかそんな簡単に信じてくれるとは思ってなかったんだよね」
A「どういうことですか。本当ですか、嘘ですか。どちらにしても性質が悪いですよ」
B「本当だよ」
A「じゃあ、復讐するために」
B「君さ、自分の言ってることが分かってる?」
A「何がですか」
B「幽霊を簡単に肯定してるって話」
A「そういうものかなって」
B「そういうものって」
A「後臼さんとは、会話出来てるから、何であれコミュニケーションがとれるから」
B「から?」
A「正体が何であれ、とりあえず否定してたら話も進まないじゃないですか」
B「すごくドライな現代っ子の闇を見た気がする」
A「で、復讐するんですか」
B「道徳心も希薄で心配になっちゃうんだけど」
A「僕は、僕の暮らしを守りたいだけです」
B「そうだね。突然この部屋で死んだ幽霊が犯人に復讐したいから助けてって言ったら。君の生活は台無しだもんね」
A「だって信じてもらえると思って言ったんじゃないんですか?」
B「いや、そこまですんなり行くと逆に不安になるよ。根暗さんにとって、どんな風に見えてるのかなって」
A「ちょっとサイコの入った元住人」
B「いや、そこはもっと気を使っていこうよ。信じてるって言おうよ」
A「結局どうして欲しいんですか、後臼さんは」
B「復讐したいなーって」
A「でも、犯人の顔はわからないんですよね」
B「うん、だからそこから」
A「わかりました。引っ越し作業も進みませんし、凄く面倒ですけど自分の生活のために手伝わせていただきます」
B「全部クチから出てるよ」
A「まず犯人探しですが、先ほど、隣りの浪人生は無いと言ってましたが、あれは?」
B「いや、だって、普通に考えて壁ドンはしないでしょ、殺した人の部屋を」
A「ちなみに殺人は普通のことだと思いますか?」
B「いや、その時点で違うのかも知れないけど」
A「いえ、普通のことですよ」
B「え?」
A「人は優先順位をつけて生きていきます。その上で殺人はとてもリスクが高いため手段として優先順位は低くなります」
B「やっぱり普通じゃないじゃないか」
A「もし、絶対に見つからない手段を持っていたらどうですか」
B「絶対に見つからない手段?」
A「そうです。リスクを回避できる方法があれば、優先順位を上げることが出来る」
B「それでも、殺すことに心理的負担がかかるだろう」
A「それも、一緒です。虫を殺すのに罪悪感を抱く人もいれば、躊躇無く潰す人もいるんですよ」
B「異常だな」
A「戦時中なら、異常では無いでしょう。敵と認定し、相手を殺さなければ自分が死ぬならあなたは相手を殺すでしょう」
B「極論だ」
A「極論です。ただ、考え方によって、誰でも可能性はあるんですよ。でも、現代の考え方で行くなら動機を考えてみましょうか」
B「動機を考えたら、全員かな」
A「物騒ですね」
B「浪人生には毎回生活音で文句を言われていたし、礼儀にうるさいお爺ちゃんには来た時から文句言われてた」
A「上と下は」
B「上は蕎麦を持ってって殺しかけたし、下は猫のことで軽い脅迫をしてたからなあ」
A「脅迫ですか」
B「いや、お金とかじゃなくて、マンションの当番を代わってもらったりとかそういうの」
A「後臼さん。何ていうか、散々じゃないですか」
B「でも、殺されるなんて思わないじゃん」
A「それは、さっき言った優先順位の問題ですよ。ちなみに異常という考え方は問題の放棄を意味します」
B「相手を理解しろっていうのか」
A「いえ、理解しろというか、特定するために必要なことですから。ところで、どんな殺され方をされたんですか」
B「後ろから包丁で」
A「刺された箇所は」
B「胸を一突き」
A「怨恨という感じでは無いですね」
B「なんで」
A「いたって冷静に急所を一突きは、憎んでる相手というより、邪魔者って感じです」
B「そうなんだ」
A「素人考えなので、当たってるかわかりませんが」
B「なんだ」
A「当時、警察はなんと」
B「行き当たりばったりの強盗の仕業と判断した」
A「なるほど、でも、後臼さんは違うと思っていると」
B「ああ、うちの鍵は特殊だろ」
A「ええ、そういえば、一回逆に捻るんでしたね。そうか」
B「知らない奴は鍵を持ってても開けられないんだ」
A「じゃあ、入るなら窓」
B「でも、ここは12階で、わざわざこの部屋を狙う意味がわからない」
A「もっと入りやすい部屋があったと」
B「そう。何故この部屋を狙ったのか分からない」
A「なるほど……。別の視点を持ちましょう。アリバイです」
B「アリバイか。殺されたのは深夜12時で、各住人は部屋に……いないな」
A「誰か居なかったんですか」
B「ああ、十二時になると好きなアーティストのラジオが始まるとかで浪人生が騒ぐはずが」
A「その日は静かだったと、それは怪しいですね」
B「それに、上の部屋から猫の鳴き声が聞こえたんだ」
A「ということは、上下の部屋の主は上で一緒に居たってことですか」
B「もしかしたら、猫だけ預けてたのかもしれないな……」
A「まあ、何にせよ、話を聞きに行きましょうか」
B「そのほうが良いかも知れないな」


SE ドアの開閉


SE ドアの開閉


A「あれは犯人ですよ」
B「あれは犯人だわ」
A「警察は何故あの人を野放しにしたのか理解に苦しみます」
B「証拠が無かったからなあ」
A「証拠ですか、大事ですね証拠。とはいえ」
二人「あれは犯人でしょ」
A「決め付けは良くないですけど」
B「だって、包丁の話とか、鍵の話とか」
A「もう5年経ってるとはいえ色々気が緩みすぎだろ」
B「よっし、じゃあサクっと復讐しますか!」
A「でも、意外でした」
B「何が」
A「まさか、浪人生と猫の飼い主が」
B「ああ、人が殺されている下の階でイチャイチャしやがってな」
A「猫はあの時一人ぼっちだったから、普段おとなしいのに鳴いたんですね」
B「寂しさは、自分を見失わせるのかも知れないな」
A「あ、そうれはそうと後臼さん。ただ、一つだけ約束してください」
B「何を?あ、復讐が終ったら出てくから安心して」
A「そうではなく、復讐の内容についてなんですが」
B「内容についてっていうと」
A「殺すとかは無しの方向でお願いします」
B「ええー、それじゃあ復讐になんないよー」
A「例えば殺した場合、私に火の粉が飛んで来るんです。尋問されるのも、疑われるのも、捕まるのも、どれもわずらわしいんですよ」
B「じゃあ、どうやって復讐するんだよ」
A「恐怖を与えるのが一番じゃないですか?あなたは幽霊なんですから」
B「え?信じてくれたの」
A「しょうがないじゃないですか。犯人にはあなたは見えてなかったんですから。まあ、それなら、幽霊としての利点を活用しましょう」
B「そうか、どうしたら恐怖を与えられるかな」
A「恐怖を感じるメカニズムは多少興味があったので昔調べたことがあるんですが」
B「根暗くんは、名前通りのことをしてるねー」
A「昔、それでよくイジラレたんです。不愉快なので教えません」
B「ゴメンよ。ゴメンて。仲良くなりたくてつい」
A「どうせ消えるんだから無駄じゃないですか」
B「そんなこと言ったら皆どうせ死ぬんだから無駄じゃないか」
A「そうですね」
B「じゃなくて。どうせなら、終るまでの間を楽しく過ごそうって言ってるんだよ」
A「楽しく復讐計画を立てようってことですか」
B「昔に見た映画でも、計画を立てるシーンが好きだったんだよ」
A「話が脱線しました。というか進まないので、恐怖のメカニズムを伝えます」
B「お願いします」
A「まずは、違和感を持たせてあげてください」
B「具体的には何をすれば良いんだよ」
A「チャイムを押す」
B「それが怖いのか?」
A「チャイムが鳴るけど誰もいない。そこに相手が固執し始めたら、しめたものです」
B「なるほど、それから」
A「家電が突然着いたり消えたりする」
B「それは不具合だと思われないか?」
A「何事も気持ち悪くなるまで続ける根気が必要です」
B「友情、努力、勝利だな」
A「すごくひん曲がった解釈ですけど、そうです」
B「それから?」
A「あなたの名前をどこかに書くんです」
B「何か犯行声明みたいだな」
A「そう。それがもう死んでいる人からって所がミソです」
B「なるほど、おかしな現象に理由が付くわけだ」
A「最後に包丁と蕎麦を顔の近く目掛けて投げれば良いんじゃないですか?」
B「何かそれだと美味しく召し上がれみたいな感じだな」
A「どっちか選べって意味だったんですけど、包丁で刺されるか蕎麦を食べて死ぬか」
B「包丁と蕎麦をセットで考えちゃってさ、蕎麦を好きな長さに切って薬味を乗っけて召し上がれみたいな」
A「まあ、それでも良いですけど」
B「じゃあ、一丁やってくるよ」
A「いってらっしゃい」

SE チャイム

A「これで、お別れかな……」

SE 上の階でどたばた音がする

A「変な奴だけど、ちょっと楽しかったな」

SE 遠くで悲鳴が聞こえる

A「やってるやってる。……終るまでを楽しく過ごすために……か」
B「おう」
A「おわ、びっくりするからやめてください」
B「自首するってよ」
A「あ、ホントですか。効果てきめんでしたね」
B「ありがとな。これでちょっと気が晴れたわ」
A「え、ちょっとだけですか?」
B「うん、まだ遣り残したこと色々あるから、もう少し別の場所でぶらぶらするわ」

Aは、あきれた溜息笑いをして

A「精々、楽しんでから成仏してくださいね」
B「おう、でも、うち神道だから」
A「バーカ……。でも、ありがとうございます」
B「え?何が?」
A「何か言いたくなったんですよ。ありがとうございました」
B「おう!寂しくなったら、また来てやるよ!!」

SE壁を叩く音

二人「あ、すみませーん」